おなかへった

全部フィクションだから心配しないでね。

YTS40

 

  いつもと同じ玄関のはずなのにどうしようもないような違和感がただそこにあった。赤いハイヒール。

 

 月曜日の昼下がり、具合が悪くて早退した。一緒に住んでいる恋人は今はいつも通り営業部のエースとして市内を車で走り回っているはずなのに。今年の誕生日にプレゼントしたREGALの27.5のサイズの黒い革靴が乱雑に脱ぎ捨てられている。

 

 とくん。とくん。

 

 心臓の鼓動がはやい。頭がふらふらして体に力が入らない。これは夢なのかな、悪い夢なのかな。だとしたら早く覚めてしまえばいいのにな。胃の中でお昼に食べたカレーライスが暴れ出している。無理して食べなきゃよかった。そっと靴を脱ぐ。揃え直す暇はない。そうよ、きっと夢よ。大丈夫。私の恋人が私を悲しませることなんてするはずがない。もう同棲までして結婚手前でここまで二人仲良くやってきたんだから。

 

 

 とくん。とくん。

 

 

 そっとドアを開けると、ベッドに腰をかける恋人の隣に見たことがない若い女が座っていた。これは一体どういうことだろう。仕事中のはずの恋人と目が合う。女はなんだか私を見て微笑んでいるようにすらみえた。

 

 「え、なんで。」

 

 最初に言葉を発したのは誰だっけ。体の力が抜けて床に引き寄せられるように崩れ落ちてしまった。

 

 そういえば、普段早く家を出るのに、今朝は会議の時間が変更になったからとか言ってまだ着替えていなかったな。あれ、最近飲み会だって言って夜いないこと増えてたな。私が夜誘っても疲れてるからって寝ちゃうことが増えたな。夜の11時なんて遅い時間なのに誰かから電話かかってきたな。いつもコカコーラしか飲まないのに車の助手席に午後の紅茶なんて置いてあったな。点と点が線になっていく。あれ、私今までずっと騙されてた?もしかして。いや、そんなまさか。

 

「いやだなあ。ゆきちゃん、誤解だよ。」恋人はいつもと同じ調子で口を開く。「誤解....?」

黒いワンピースを着た女は、テーブルに置いてあるマグカップに手を伸ばしてコーヒーをすする。それは私がディズニーランドで買ってきた恋人とペアのものだ。どんな気持ちで彼はこの女を家に入れて私のマグカップにコーヒーを注いだのだろう。女を部屋に入れることに罪悪感はなかったのだろうか。たまたま今回見つけただけでこれで何度目なんだろう。ずっと大事にするって、もう両家に挨拶までしたのに。私あなたに6年も捧げたし、今年で33歳になるのに。人生の責任とってよ。幸せになるはずだった私の順当な人生を返して。

 

「ゆきちゃん。」彼が私の肩にふれた。「この子ね、俺の職場の先輩の娘さん。前話したでしょ、同じ部署で俺が入社した当初からずっと可愛がってくれておととい一緒のすき家に行った。」「遠藤さん?」「そう!遠藤さん!」

 じゃあ、なんでその会社の上司の娘がここにいるんだよ。

 

 「ゆきちゃんは、もしかして浮気だと思った?いやだなあ。俺が嘘をつける男に見える?ずっとずっとゆきちゃんだけだよ。ゆきちゃんは自信がないからなあ。こんなに顔も内面もかわいいのに。」

 怖い。普段は嬉しくて心から喜べる彼の言葉が全部偽物に聞こえて怖い。

 

 「ゆきちゃん。大好きだよ。ゆきちゃんが一番なんじゃなくて、そもそもゆきちゃんしかいないの。信じて。」

 小首を傾げてこっちらをじっと眺めてくる彼の顔を見つめ返す。

 

自分が愛している男が信じてって言っているのに信じないなんてそんなばかなことがあっていいのだろうか。ここまで仲良くやってきた。私は33歳。もう彼と結婚するって決めたじゃない。信じよう、うん。信じよう。今の私にできるのは信じることだけだ。大丈夫、私なら大丈夫。今回のことなんて忘れてまた元に戻れるよ。ねえ、信じたいから疑っていい?

 

 恋人の肩をつき離して、立ち上がる。ベッドの隣にある棚の上から二番目を開ける。6個入りのコンドームの箱がでてくる。昨日買って一度だけ使った。まだ5つある。うん、見なくてもわかるけど5つある。5つある、はず、きっと。大丈夫。

 震える手で箱を開ける。1、2、3、4。あれ、1、2、3、4。何回数えても数えても全部で4つしかなかった。数が合わない。1つ足りない。「あれ、数が合わないね。」

 

 「ゆきちゃん、許して。」恋人がそう呟いた気がしたけど、なんだかもう怒りの感情が濁流かのように押し寄せてきてしまって自分じゃコントロールできなくなってしまった。 女が口をつけたマグカップを手にとって高くあげる。手を離す。

 

おちる。おちる。おちる。

 

はじまった二人の暮らし。毎朝かかさず飲んだコーヒー。おそろいのマグカップ。休日のベランダには午後のお日様を浴びる広がる恋人と同じ匂いになった私の洋服。二人で育てたミニトマト。おそろいの指輪、おそろいの気持ち。これからもらえると思ってた恋人の名字。全部一緒と思ってた。ずっと大事にしてきた恋人への想いも一緒だと思ってた。おそろい。目に見えるものはおそろいに出来ても心の中まではおそろいにできないね。大事にするって、悲しませないってことじゃないの。

 

おちる。おちる。おちる。

 

どうしてこんな時に思い出すのは、幸せだったあの日々たちなんだろう。特別だと思っていなかった毎日ただただ繰り返していたものがかけがえのないものだったと気づく。

 

がしゃん。

 

どんなにゆっくり再生しても映像は終わる。マグカップの破片が散らばる。白いフローリングの床に黒い液体が広がっていく。誰もが黙ってそれを見る。大切にやさしくやさしく触ってきたのに、壊してしまうのはこんなにも簡単だ。

 

 

 

 「今までありがとう、さようなら。」

 男は何も言わずに、ただ立ち尽くしていた。決心した後の女は強いのよ。めそめそ泣くのなんて好きな男の前だけだよ。ついさっきまで大好きだったけど、もういいの。もういい。

 

 

たった5歩で玄関に着くほど狭いワンルーム。私の幸せの全てだったな。こんな日がずっと続くと思ってた。あーあ、勢いでこのまま帰ろうとしてるけど、同棲しちゃってるしな。私、どこに帰ればいいんだろう。このまま飛び出してどこへ向かえばいいんだろう。お気に入りのワンピースもこの家のタンスにあるままだし、ちょうど一昨日冷蔵庫を割り勘して新調したばかりなのに。

 

 赤いピンヒールが目につく。恋愛は命がけなんだからそんな靴じゃすぐに命を落とすよ、小娘。

 

 ドアノブを回る。がちゃりと重たい金属音がなってドアが開く。これからどこへ行こうかな。手始めに髪でも切ろうかな。

 

 

 

 

503号室

 

 寂しい。寂しい寂しい寂しい。

せっかく 2週間ぶりに会えたのに。なんでえっちする前はあんなに優しいのに、終わった途端こんなに冷たいの。心の中にある思いやりも体外に出し切ってしまったのかな。またいつもと同じですぐ左手にスマホで右手にタバコだ。私の両手は君を抱きしめるためにいつだってここにあるのに。私にも構ってよ。女の子がえっちで一番大事にするのは終わった後なのに。

 

 スマホの灯りが私を照らす。ブルーライト、目に悪いらしい。見つめているのはバイト先の好きな男の子とのラインの画面だ。優しくてかっこいい。いつでもお姫様扱いしてくれる。もう付き合って二年になるこの目の前の男はえっちが終わった後の話しかけると不機嫌になるから、良い子の私は話しかけない。賢いから他の人に君がくれないものを求めるね。

 

 白いレースの下着に手を伸ばして体に身につける。華奢な私の体に、ブラジャーはただ引っかかってるだけみたいで何も守ってくれない、なんとも頼りない感じがする。

 

 たばこを吸い終えた君は、空いた右手でスプーンをそっと握る。「冷たいなあ。」ルームサービスのカレーライスを口に含んでそっと吐き捨てた。当たり前じゃん。放っておいたらすぐに冷めちゃうよ。あったかいうちに食べきってまたおかわりしなきゃいけないんだよ。ばか。

 

 

 さみしい。さみしい。さみしい。「ねえ、好き。」広い背中に後ろから抱きついてみたけど、君の視線は画面を見たままだった。巨乳で白髪の女の子が必殺技の名前を叫ぶと敵が負けてステージクリアと表示された。

 

 死にたいな。寂しいから死にたい。夜間モードにしてるスマホのホームボタンを押すけど誰からもラインは来てなかった。寂しい。なんでこっち見てくれないの。さみしい。また明日この部屋から出てバイバイしたら次会えるのはいつだろう。まだ日程は決まっていない。二年も経ってもずっと好きでいてくれるのかな。連絡とってない間他の女の子と二人でいたりしないかな。私以外の女の子にかわいいって言ってたらどうしよう。なんで君と私は何回性行為しても1つになれないんだろう。どんな約束を何回しても君を縛れない。ずっと綺麗な君でいるには二人で一緒に死ぬしかない。ここで全部終わらせようよ、死にたいよ。

 

 君の首に両手をそっとまわす。「くすぐったいよ。」と私の手は払いのけられてしまった。さみしい。さみしい。ねえ、好き好き好き好き好き好き。大好きだから一緒に死んで欲しい。

 

 もう一度、スマホを手にとってホームボタンを押すとバイト先の男の子から返信がきた。明日空いてるらしい。ホテルを出たらまっすぐ彼のお家に遊びに行こう。ちょっと安心して寂しさが一瞬消えるけど、私はスマホを手放しても君は画面に夢中なのでまた一瞬で寂しくなってしまった。

 

 ずっと画面を人差し指でなぞってる動作だけだったのに、急に両手で文字を打ち込む君を見て不安になる。画面を覗くと、ゲームの攻略方法を検索しているだけで安心した。浮気してたら殺すから。ホーム画面のパスワードロックも、ラインにもロックかかってるけど何もないって信じて良い?

 

 「ねえってば、好き?」って聴くと、「大好きだよ」とスマホを置いて抱きしめてくれたので私は再び世界で一番幸せな女の子になれた。よそ見しないでね、私以外みたら殺すから。私死んじゃうからね。大好きな君と二人だけで生きていけますように。ほかの女はみんなデスノートに名前書いても捕まらない法律作りたいな総理大臣になろうかな。今日もレンタルした君と二人の世界で眠りにつく。いつまでも満たされないけどいつかきっとふたりぼっちになれますように。私の寂しさが君を呑み込んでいつか二人で死ねますように。

 

 

 

 

熱帯夜

 

 

 名は体を表すなんて、本当なのかな。昔の人の残した言葉は信用ならない。目の前にいる人間の言葉ですら信用できないのに、会ったことない人の言葉なんてますます信じられない。言葉なんて自分の理屈を正当化するただのこじつけだ。

 

 「もうすぐ着くよ。」ゆうちゃんはぐっとスピードを上げる。運転する男の人ってなんでこんなにかっこよく見えるんだろう。ハンドルに添えるように置かれたゆうちゃんの右手をじっと見つめる。手のひらの甲に2つ並んだほくろが愛おしい。ゆうちゃん。優って名前のくせに誰にも優しくないゆうちゃんが世界で一番嫌いで一番好き。

 

ゆうちゃんの好きなアイドルソングが流れる。夏の恋は続かない。そのフレーズを何度も繰り返す。恋。恋恋恋恋

 

 片手運転をするゆうちゃんは左手の置き場を私の右手にしてくれる。薬指にシルバーリングがはめれている。

 ゆうちゃんはいつも通り何を考えてるかわからない。でもゆうちゃんの香水が紅茶みたいな柔らかい匂いだってことはたしかだ。この匂いを嗅ぐだけで胸が高鳴って頭がぐわんぐわん揺れて体が溶けてしまいそうになる。

 

 「着いたよ。」ゆうちゃんがウィンカーをあげて車は右に曲がる。30分で500円。またいつものパーキングだ。ゆうちゃんの家には一度も上がったことがないし、そこから車で40分かかる私の家まで来てくれたことも一度もない。ホテルにだって行ったことがない。駅の近くのあのホテル、あの子と行ったの知ってるよ。ゆうちゃんとドライブしてキスされたとか、ラインで好きって言われたとかそんな話いっぱい聞いてるよ。でも何も知らないふりしてるし私ゆうちゃんの話誰にもしたことないよ。私ほかの女の子たちと違うの。ゆうちゃんのこと本気で好きなの。

 

それでも私は30分500円のワンコインで済む女。そのお金がゆうちゃんにとっての私の価値だ。高い値段を払えば顔の可愛い女の子に当たる風俗の似てる。ゆうちゃんが私にかけてくれる値段が安いのは私が可愛くないから。それでも選んでくれる。私を選んでくれるのはゆうちゃんだけだ。だったら私ずっとこの駐車場でいいよ、ここは私とゆうちゃんの聖地だよ。

 

 「いつものとこに停めるね。」車をバッグするときの警戒音が鳴り響く。この音を聴くと私どうにかなっちゃいそうだよ。はやくしてよ。ゆうちゃん。

 

 いつも通り一番奥の街灯が当たらないところに車を停めるのに、車の窓を閉めてくれないのは彼の意地悪なのかなそれとも気づいてないだけなのかな。車のエンジンを切る。クーラーが切れて一気に車内が生ぬるくなる。シートベルトを外したゆうちゃんと今日初めて目が合う。会いたかった。

 

 ゆうちゃんの体温と香水の匂いで、頭がめちゃくちゃになりそうになる。ゆうちゃんのことで頭がいっぱいになる。もう何も考えられないけどいいよね。だってゆうちゃんは薬物だから私が悪いわけじゃないの。ゆうちゃんの白いTシャツの襟元にくちびるを当てて赤く染める。ごめんなさい、彼女さんと幸せにならないで。私以外の女と幸せになるなら一緒にどこまでも不幸でいようよ。夏の恋なんてはやく終わらせてよ。

 

 暑い。真夏の夜は暑いなあ。ゆうちゃん顔がゆらゆら揺れる。窓が開いているのに風はちっとも入ってこない。少し遠くから若い男たちの笑い声だけが聞こえる。ゆらゆら。こんなに掴み所ないくせに、何も教えてくれないくせに、ゆうちゃんは今日も0.02mm離れてくれない。ゆうちゃんの香水と汗が混ざった匂いが私の頭を真っ白にする。ゆらゆら。ゆうちゃんの目を見つめる。ゆうちゃんはどこを見ているんだろう。ねえ、ゆうちゃん今どこにいるの。ゆうちゃんの一部にはなれないけど、私も貴方もこの夜の一つの点だよ。

 

 ゆうちゃんは赤く染まった襟元に気づかない。この寂しさを打ち消したくて好きだよと言ってみたけど、やっぱり今日も頷きもしてくれなかった。夏の恋は続かない。

 

かわいそうね

 

 

 少女漫画の主人公になりたい。仕事疲れて泣いちゃったら、同じバス停で普段無口な同僚に頭ぽんぽんされたい。いつもは優しくて頼りになるお兄ちゃんみたいな先輩にやきもち妬かれていじめられたい時だってある。なんで世の中は1つに絞ることが正当化されているんだろう。こんなにいっぱいあるのに1つに選べないよ。人生映えたい。SNSに載せたい。あの子より幸せでありたい。勝ちたい。いちごたっぷりのパンケーキだって、夜景の見えるレストランでコースだって食べたい。でも時々は2分30秒まで待ってインスタントラーメンだって食べたい。

 

 テーブルの上には、カレーがこびりついた白い容器が2つと、男が半分以上残った缶ビール、私が飲みきったチューハイ缶。さっきまで一緒にいた男は彼女からどこにいるの?と電話がかかってきて職場だよ〜〜なんて言って帰っていってしまった。

 

手持ち無沙汰な左手が宙を舞ったのでスマホを手に取る。退屈。人生は退屈。 ツイッターをスワイプして消したのにまた開く。しゅぽんとサイダーの瓶を開けるみたいな音と共にタイムラインを更新したが新たなツイートは出てこない。あーあ。つまんないな。本当に楽しかったり幸福な時間こそ誰もSNSを更新しない。目の前にいる人間の瞼に映った自分自身で満たされるのよ。今流行りのカメラアプリで自撮りをする。チューハイを手に取る。首をかしげる。カメラに向かって微笑む。かわいい。私の顔は今日もかわいい。「一人でおうちで飲んでる〜〜酔っちゃったあ😖❤️❤️」写真を添えてツイッターに投稿する。最近よくうちにくる男からいいねがつく。

 

 しゅぽん。しゅぽん。

 

 新たなツイートが流れてくる。一番仲よかった地元の女友達だ。娘がもう1歳になったらしい。仲良い女友達がみんなもう結婚してしまった。自分ひとりだけ取り残されてしまった。大学生の時に付き合っていた彼氏の顔が思い浮かぶ。なんの面白みもなかったしえっちも下手くそだったけど、あの人と結婚しておけば私今頃ちゃんと満たされてたのかな。来月私はもう32歳になる。女の子の執行猶予期間でちゃっかり生きてきた。

 

 「みくさん」とさっき私の投稿にいいねした男からのラインの新着メッセージが画面に映し出される。「今から家に行っていい?」男が家に着くまでは大体20分程度だろう。

 

 うーん。ちょうど寂しかったし、会いに来てもらおう。そうしよう。立ち上がって部屋を見渡すと彼女のもとに帰った男が吸ったKENTの吸い殻が灰皿に残っていたのでキッチンの方のゴミ袋にいれて捨てる。「わかったよー!はやくきて」と返信する。体だけ洗ってジェラピケのパジャマに着替えようかなと立ち上がるとインターホンがなった。

 

 たった今会いに来ていいとラインしてきた男が立っている。来るの早いなあ。そういえばこの男の新しい彼女と最寄駅が一緒だったんだっけ。まあいっか。

「早く会いたくて瞬間移動しちゃった。」そう言ってナイキのスニーカーを脱ぐと「みくさん。やっぱりかわいい。」と名前を呼びながら手を繋いできた。

 

 あー、みくやっぱりこの人がすき。みくの言いたいことを言ってくれる。みくのことお姫様扱いしてくれる。今お気に入りの漫画のヒロインが片思いしている男の子にどこかしら似てる。みくの欲求全部満たしてくれる。一緒にいるときは。この男にも彼女がいるし、みく以外の女の子にもきっとこうやって優しくしてるんだろうな。なんでこの人もみくのものにならないんだろう。ずっとみくのことだけ考えて欲しい。みくがそっちみてない時もずっとみくのこと考えて欲しい。みくのことで悲しくなって死にたくなったり、逆に嬉しいことがあったときみくのために生きようって思って欲しい。この男の人生の感情の全てになりたい。でもみくの全ては誰かたった一人になってほしくない。そんなんじゃつまらないから。

 

 繋いだ手が離れる。生ぬるい感覚が左手にそっと残る。男の手がスーツの胸ポケットに伸びる。

 「たばこ吸っていい?」 とテーブルのそばにある灰皿を見つめながら男がつぶやく。「いいよ。」手に残ったぬくもりがだんだん冷え切っていく。誰かとくっついていないと離れた瞬間またひとりぼっちになった気になる。寂しい。

「ありがとう。てかみくさんたばこ吸わないのになんで灰皿あるの?」

 

 なんでだっけ、何処かの誰かが昔置いてったものだった。誰だっけ。もう思い出せないや。

 

 「だっておうちにいっぱい来て欲しいから灰皿買っちゃったんだよお。」首を傾げて答える。私の一番一番かわいい顔の角度。ねえもっとみて。もっとみくのこと好きになって。ときめきなんてただのコピペだ。漫画でドラマでみた誰かの台詞と行動を私が代わりにしてるだけ。男が目を細めてたばこを灰皿に置く。そっと立ち上がってみくのことを抱きしめた。煙はもくもくとあがったままだ。でもきっといつか消える。このたばこが着火剤になって火事でも起こらないかな。

 

 みくやっぱりこの人のことだいすきだ。いつだって目の前にいる人のことがすき。でもさ、そんなこと口に出さない限り誰にもバレないから神様とみくの二人だけの秘密なの。あなただけだよ、今は。

 

 「大好き。」

 みくはみくのことが大好きだ。男がみくの顔を見つめている。すごい。瞳の中にみくの顔がある。かわいい。みくはやっぱり世界で一番可愛い。この男はただの登場人物Dみたいなものだ。だからもっとときめかせてよ。みくのこと少女漫画のヒロインにしてよ。顎を小指で撫でられるので上を向く。あー、天井にこんな大きな染みあったっけ。みくの部屋の隠れミッキーみたいだな。なんだかやっぱり早く寝たい。明日の仕事もめんどくさいなあ。ずっとこんなこと繰り返してみくは一人で死ぬんだろうな。人生は今日も退屈だ。大学生の元彼と最後にいたあの生ぬるい日を思い出す。「みくちゃんは俺のこと見てる?」ううん。みくはいつだって自分のことだけ見てるよ。だってみくかわいいから。

 

 

 

 

 

こうちゃん

 

 

 こうちゃんは嘘つきだ。ここはこうちゃんのお家なのに週の半分は帰ってこないし、シフト制の仕事で定時に上がれるはずなのに今日も3時間帰ってこない。時計の針は10時をさした。こんなに残業してるのに給料明細に記された残業代は3800円だった。シャネルのリップ一本すら買えない。あの人気俳優がCMしていたこうちゃんの大好きなウイスキーも買えないね。

 

今日は付き合って3ヶ月記念日だからこうちゃんの大好きな唐揚げを作ったのにもう冷めてしまった。男はいつだって食べ頃を逃して、口に入れた瞬間に他の料理のことを思い浮かべる。昔好きだったものとかまだ食べたことないものとか。今そこにないものに希望で胸を膨らませていつだって目の前にあるものを見ていない。私のことちゃんと味わって食べてよ。

 

 

 こうちゃんから連絡が最後に来たのはいつだっけ。昨日も帰ってこなかった。そうだ一昨日の朝から帰ってきてないし連絡だってきていない。 私と一緒にいる時はあんなにずっとパズルゲームかインスタ見てるのに。パズルゲームは18分前にオンラインになっているのに。こうちゃんがいつ帰ってくるかわからないから、予定を入れずまっすぐ家に帰るようになった。同僚も先輩も友達も全方向からの予定を断りすぎて誰からも誘われなくなった。こうちゃんが帰ってこないと私はこの部屋で永遠にひとりぼっちだ。この真っ白な殺風景のワンルームが私の世界の全てなのに。こうちゃんに会いたい。はやく帰ってきて。こうちゃんがいれば何もいらないのに。こうちゃん。

 

 こうちゃんからなんとなく連絡が来る気がして、ふとスマホに目を向けたが画面は黒く暗いままだった。やつれた自分の顔が映り込む。下からみた自分は今の自分より10歳老けて見えるらしい。このまま私ずっとこうちゃんのことを好きで好きでたまらなくて苦しいままおばさんになっちゃうのかな。35歳になった私をこうちゃんは変わらず愛してくれるだろうか。それともこうちゃんにも捨てられて、女の賞味期限を過ぎてしまった定めとして売れ残って一人で死ぬのかな。俯いていると涙が溢れてしまいそうだったので、ふと視線をあげる。そうよ、私不幸のヒロインになりたくて恋愛してるわけじゃない。こうちゃんの細くて白い背中に抱きつきたくて、ただ手を握っていないとどこかに行ってしまいそうなあの人の一部になりたかった。でもきっと叶わない。どうして自分が全てを捧げられる程愛した人ほど私のことを愛してくれないんだろう。

 

 何かに寄りかかっていないと立っていられないような気持ちになったので、二人で飲もうと奮発して買ったシャンパンの栓を抜く。ドラマではもっと花火の上がるような景気のいい音がしてコルクが外れるのに、しぼんだ風船みたいな音がしてなんだかうんざりした。グラスに注ぐのが億劫だったのでボトルに口をつける。ほのかな甘い香りと裏腹に辛くて炭酸の泡が口の中で弾けた。ボトルに惹かれて買ったけど、私この味あんまり好きじゃない。

 

 

 「ただいま。」振り返ると飲みかけの缶ビールを持ったこうちゃんが玄関で立っていた。彼が無造作に脱ぎ捨てた靴は6時40分を示す。「おかえり。」こうちゃんの元へ駆け寄るとずっと実体のないと思っていたふわふわしたわたがしみたいなこうちゃんが私を抱きしめる。このときだけは彼はここにいる。今日はバニラの香りがするんだね。ねえ、こうちゃん、私全部知ってるよ。大好きだから知らないふりしてるんだよ。馬鹿じゃないの賢いの。こうちゃんの嘘、いつだって本当にしてあげる。

 

 慌てて冷めたからあげをレンジで温めなおす。できたての料理をこの人に食べてもらえる日はくるのかな。私の全てはこうちゃんだけど、こうちゃんにとって私はなんなんだろう。私が注いだ愛情いつか返って来るのかな。私この人と一緒にいて幸せになれるのかな。

 

 こうちゃんは、何も言わずまた携帯でパズルゲームをしている。同じ色のゼリーみたいなぷよぷよをを4つ並べて消すやつ。一連鎖二連鎖三連鎖四連鎖。この悲しみも苦しみも寂しさも積み重ねたらいつか消えるのかな。私いつか全部大丈夫になって一人でいる時間も笑えるようになるのかな。

 

 

 シャンパンに手を伸ばしてグラスに注ぐ。一口含んだが、もう気が抜けていてほんのりとした辛味だけが口の中に広がる。私やっぱりこの味好きじゃないな。

 

 こうちゃんは相変わらずパズルゲームを続けている。彼の瞳に私は映っているのかな。

グラスをそっとテーブルに置く音が響く。こうちゃんがこっちを向く。そっと彼の名前を呼ぶ。一連鎖二連鎖三連鎖。全部消せるかな。四連鎖。

 

 

いい子になりたかった

 

 

 いい子になりたかった。人から好かれたいし嫌われたくない。優しい、可愛い、そんな特性を一個一個手にいれて人に愛されたかったし受け入れて欲しかった。自分のいない場所であの子はいい子だよねっていっぱい言って欲しかった。

 

 褒められる、喜んでもらえる、相手の反応を見て自分がした何かで相手が心地よくなってくれるのが嬉しかった。性行為はそれに似た気持ち良さがある。自分が触った刺激で相手が気持ちよくなってくれると嬉しい。相手が気持ちよくなるっていう見返りを求めて触ってるんだと思う。

 

 

 いい子になるのは簡単だ。相手の言って欲しいことを適当に言って、ずっとにこにこして何も否定しなくて肯定してれば人から愛される。とりあえず黒髪ストレートで白いワンピースでも着ておけば喜んでもらえる。

 

 いい子には明確な定義があってそれに当てはめるために自分をどんどん殺している気がする。相手のためとかいう本当は自分のための努力を重ねて出来上がった自分に代わりなんていくらでもいる。ただ相手を映し出すだけの鏡だ。私自身の絶対的な評価対象を一人の男にして生きてきてたな人生。

 

 恋愛すると特にいい子になりがちだ。なんて言えば相手が喜んでくれるかわかるから、ロボットみたいになっていく。好きな男のツイッターのフォローしている芸能人の髪型とか服装に合わせたり、好きなアイドルの動画を何分も見て話し方とか仕草を真似したりとかしてたウケる。そんな感じで私じゃない何か相手の理想を必死にまとって好きになってもらってでもだんだん化けの皮が剥がれてほとんどの恋愛3ヶ月続いたことなくてやっぱりウケちゃうな。

 

 相手の理想に染まるんじゃなくてこのまんまの私のこと好きで居て欲しいしずっとこっち見てて欲しい。自分の可愛いところなんて自分が一番知ってるんだから可愛くないところこそ一番愛して欲しいんだよ。なんて思った。痩せなきゃ〜〜って思いながらもつい買っちゃったセコマのポテト140円という破格で美味しかった。一個一個知ってやっぱり理解できなくて分かり合えないし、性行為しても何しても1つになれないし永遠に2つだけどそんな恋愛まるごと抱えて8cmのピンヒールで突っ走っちゃお。って思ったけどやっぱり二歩進んだだけで転んじゃいそうだから座って大人しく本でも読んでるね。

 

 

 

天気の子〜〜〜〜〜〜ッッッ

 

 

 ネタバレ含みます。よろしくお願いします。

 

 天気の子みました.......みました........RADの曲と映像の相性の良さ.......ぴったんこすぎて二つで一つの名称になっちゃうくらい。カレーライス.....愛にできることはまだあるかい 僕にできることはまだあるかいって何やねん......自分のこと愛っていってるやんせやかありがとうな。

 

 

 帆高全てにおいてめちゃくちゃ男すぎん?3時間かけて選んだ指輪、天使の羽モチーフで石が黄色なのなんか男の選ぶプレゼント感あって可愛かった。たしかにひなちゃん天使感強いし、ピンクの色だと女の子っぽすぎるしでも青だとクールだなみたいな消去法で黄色の石を選んだ感かわいい。

 

でもひなちゃんを前にしてなつみちゃんの胸を見るな!好きな女いるのに後輩から告白されるかもってドキドキするな!仲良くなった異性をすぐに恋愛対象のするな!目的もなく家でたりする帆高絶対浮気するタイプだわって熱弁して、すべての人間の評価基準浮気するかしないかなんだねって言われてしまってごめんなってなった。恋愛映画の登場人物勝手に浮気するかしないかの枠にはめてしまう。すいませんでした。

 

 男女の友情私は成立すると思っていて、ただ男と女が二人同じ作業してるだけでそんなすぐに恋愛感情湧かないし全人類が恋愛を主軸に生きてるわけじゃねえ!って最初は正直思ったけど、気づいたら好きになっててその人が特別になっててその人のためならなんだってできちゃうような無敵感を味わえちゃうのが恋愛だもんなあ。みんなにやめろって野次飛ばされても線路を走り続ける帆高を見てアア〜〜〜〜人に止められるような無茶なことも相手のためにできちゃうよ気がするのが恋愛だよおってなった。泣きすぎて一緒に見てた人の腕に私の涙垂れちゃったらしい。雨の映像の4Dにしてしまってすまねえな。

 

 

天気の子、子供側と大人側に何と無く別れてるなって思って見てました!

ラブホテルでえっちせずにお風呂に入ったりカラオケしたりご飯食べたりする所とか、拳銃っていう強い武器を使いこなせずに威嚇のために打ってみたりとかこどもの象徴だなって思ったンゴ。反対に大人側は銃を使いこなせて、愛とか恋とかそういうものをめんどくさいで片付けてできるだけあら立てずに事を済ませようとする感じ〜〜〜〜〜〜須加さんはずっと大人で人柱になったひなちゃんを助けに警察と揉める前に帆高を止めたけど最後の最後に警察を押し倒して自分が本当は持っていた勇気とか希望とかを再び取り出した。秩序を乱さないように列みなって歩いてる人たちの中から抜け出して自分が愛だと思う正しいと思えるものに突き進む勇気がかっこよかった。

 

 永遠って誓った瞬間に消えてくよね。ラブホでずっと一緒にいよう。って言った瞬間にひなさんはいなくなっちゃう。ずっととか永遠にとか絶対とかそんな言葉を使ってた帆高が、久しぶりにあったひなさんに「きっと大丈夫」っていうようになってなんだか少年から大人になったなって思いました。

 

 

 足し算も引き算もしないでこのままでずっと一緒にいることは難しいし、人生晴れの日も雨の日もあるけど、どんな時だってその一瞬一瞬を楽しんでいけますように〜〜〜〜あなたにとっての大丈夫のおまもりになれますように〜〜〜〜恋愛は人生の全てじゃない。それでもきっと生きていく時に大切な人とのつながりのきっかけの1つだと思う。帆を高く上げてこれからも続く君の人生の航海が晴れの日だって雨の日だって希望で満ち溢れますように。映画でも小説でもフィクションも、友達も親戚もみんな愛を語っているけれど、愛の形各々見つけていけますように。今から一緒に希望とか愛とかばんばん発信して世界の形を変えちゃおうよ〜〜〜〜〜〜〜〜集合〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!