おなかへった

全部フィクションだから心配しないでね。

ふたりのせかい

 

 

 

 好きな人の人生の登場人物女はなんで私だけじゃないんだろう。好きな人が私以外の女を好きだったり、性的に見たりするのが無理すぎないか、いや無理すぎる。ずっと私のことだけ考えててほしいし二人で早く死にたいし無理すぎる。無理無理無理。

 

 2週間ぶりにきた男の家は相変わらずだ。ビールしか飲まないくせにスミノフのボトルが床に転がっているし、洗面台には今流行りのリップの新色が置いてあるし、ティッシュケースにはThankyou!とまるく愛らしい自体でご丁寧にサインまでかかれてある。ここは戦場だ。みんなこの部屋を去った後にここに自分のいた痕跡を残すのに必死だ。私と最後に会ったあの日から、この2週間で彼は何人の女の子を抱いたんだろう。

 

 「そろそろお風呂入るー?」と彼はスマホを置いて私の手を取る。なんだか声が柔らかいからきっと今やってたゲーム勝ったんだろうな。

 慣れた手つきで私の服を脱がす。彼の目を見つめている間に洋服が床に落ちていく。ねえ、こっちみてよ。私のことみてよ、今だけでいいから。

「やっぱり、綺麗だなあ。23歳の肌ってすべすべだねえ。」私の二の腕から指の先までをそっと撫でた。23歳以外の肌も知ってるのね。つい最近触ったのね。

 

 お風呂の中には、彼はシャンプーしかしないのに、同じ種類のリンスもトリートメントもある。クレンジングだってある。誰が買ったの、それとも一緒に買ったの?そんなことも聞けない、軽い女でいなきゃ、嫌われちゃう。

 

 「かゆいところはないですかー?」新米美容師の彼はいつも一緒に入ると髪を洗ってくれる。自分では触れられないところを、優しく丁寧に撫でられているような心地よさがある。「ううん、大丈夫。」青リンゴのシャンプーの匂いが広がる。さわやかで涼しげでなんだか彼に似てる、彼からいつもする柔らかくてほんのり甘い匂い。

 

 そっと目を閉じる。ああ、好きだなあ。私、彼のことが好きだなあ。とびきり好きだ。何番目でもいい、彼の生活の一部になれていることが嬉しい。だって一緒にいる時こんなに優しくて素敵なんだもん。それだけでいい。今が幸せって思えるようにうんと今だけ優しくしてほしい。

 

 彼の手が止まる。

「ねえ、こっち見て。」振り返ると彼がそっと私の泡だらけの髪を撫でる。前髪立ててツノを作る。「お客様、こちらの髪型でよろしいでしょうか?」彼は鏡を指でさす。鏡を眺めると私の顔の後ろににやにやと笑いを堪える彼の顔が映っていた。

 

 あーあ、愛おしいな。なんなんだろうこの愛おしい生き物は。この部屋の中にいる時間だけで生活が構成されればいいのにな。わたしから手放すのはあまりにも惜しいから、早く私のこと嫌いになってほしい。誰かほかの人のお嫁さんにならなきゃなあ。23歳か、いつまでこんな日々を続けても許されるんだろうなあ。

 

 シャンプーの泡が額にこぼれ落ちて、垂れてきた。「そろそろ洗い流してよ。」と再び目を瞑る。何も見えないまっくらな世界で「わかったよー。」なんていつも通りの彼の呑気な声が響いた。